英国のEU残留または脱退をめぐる国民投票を求める法律が英国議会で採決された後の5年間で、2016年のブレクジットを巡る投票を含め世界経済を揺るがす出来事が多数発生しており、現在ではそこにコロナ大流行が加わりました。
この間、揺るがなかった一つの事象とは、イギリスが欧州との統合に傾斜すると英ポンドは反発し、合意なき離脱決定に向かうと下落するというものです。投資家がこのことを再度認識したのは、5月初めに英国とEUが、漁業権から企業間競争規制におよぶ論点についての進捗の欠如に言及し、交渉が行き詰まったときでした。交渉が停滞して以降、ポンドはユーロに対し3%、米ドルに対し4.5%下落しました。
これは長年のテーマにおいて新たに生じた行き詰まりです。
協議継続の適否について担当者らは2020年6月に再度協議する予定です。英国政府のEU離脱作戦(XO)委員会—、通称「合意なし計画部隊」は、より定期的に会合を行っています。英国政府は、2020年12月31日以降も共通市場にイギリスが居続けることは否定するものの、パンデミックによる経済への打撃を考慮し、受入れ可能な交渉結果が得られない場合には、さらなる期限猶予を求める可能性もあります。
次期交渉ラウンドにおいて、ポンドのオプション市場は通常以上に下落度を増し、アウトオブザマネー(OTM)プットオプションが事実上、通常のOTMコールと比較してさらに高値となるでしょう。5月19日までに、オプションスキュー(別称リスクリバーサル)は、過去2年間の92%の時間よりもマイナスとなりました。オプショントレーダーがポンドの将来の動きを予見していることが証明されています。2016年の国民投票までのオプションスキューは大幅マイナスであり、実際に、投票結果が明らかになった後、ポンドは崩壊しました(図2)。今回の歪み度はマイナスではなかったものの、ポンドを米ドルの観点から見た場合、ユーロに対し非常に高値となっています(図3)。さらに、インプライドボラティリティとリスクリバーサルの両方が直近で急上昇した主な要因として、ブレクジット交渉の進展に対する懸念があります。3月中旬のドル資金調達危機の発端の際に、一つの例外が発生しました。FRBの介入後直ちに問題は解決しました。
イギリスの金利市場は、通貨市場と比してブレクジット関連イベントに対する反応が少ないことが示されています。イングランド銀行(BOE)は、パンデミックによる経済への打撃の緩和に焦点を置き、金利トレーダーは、BOEが欧州中央銀行とスイス国立銀行に続いてマイナス金利への道を進むか否かについて議論しています(図4)。BOEがマイナス金利路線を選択した場合、為替レートに想定外の結果が生じる可能性があります。過去10年間にマイナス金利路線をとった4つの中央銀行のうち、2つにおいて通貨高が生じました。他の2つについてはより複雑な結果となったものの、マイナス金利が想定通り機能しないとの概念には依然として一致していました。スウェーデンはすでにマイナス金利の領域を脱しています。当社の「マイナス金利に対する為替市場の見解とは」に関する報告書は近日中にリリース予定です。
通常、通貨高は比較的タイトな金融政策の兆候です。マイナス金利が金融緩和政策と景気回復下支えを意図する一方で、銀行システムに対する負担となり、信用創造の過程と抵触する場合があります。マイナス金利に起因する無意識かつ望ましくない金融引締め政策は、中央銀行による金融緩和政策の実施時に通常みられるとおり、預金金利がマイナスである通貨が下落よりもむしろ上昇する傾向にあることを部分的に説明するものです。
BOEによるマイナス金利導入の先行きは不透明であるものの、もしこれを進めた場合、ポンド高となる可能性があります。通貨高と引き換えに、パンデミックからの回復が遅延し、万が一合意なき離脱となった場合のさらなるショックを吸収することがより困難となる可能性があります。
最後に、パンデミックについて、BOEに対しゼロ金利に近い金利への速やかな回帰を求めイギリスの赤字予算の大幅増を示唆する以外に、3月中旬にはパンデミックによって、一時的なドル資金調達問題を超えた限定的な影響がポンドに生じたと見受けられます。パンデミックを織り込んだ当面のイギリスの経済・財政の状況は、他の欧米近隣諸国と非常に相似しています。
ブレグジット後のポンドについて、豪ドルとカナダドルのどちらにより近似した取引形態となるかが問われます。近似することはないでしょう。イギリスの輸出の40%超はEU向けであるなど数多くの理由によって、イギリスはブレクジット後もEUの領域にとどまることが予想されます。合意なき離脱によって数値が多少減少した場合でも、イギリスとヨーロッパとの貿易は、他国との貿易をはるかに凌ぐでしょう。次に、イギリスが10年以上前に原油の純輸出国でなくなり、また北海の原油埋蔵量が減少し、国内にて実質的に代替となる他のコモディティの産出がないことから、ポンドが豪ドルやカナダドルといった資源依存通貨に近似した取引を開始することは想定し難いでしょう。
本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。
Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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