米国債オプション・ボラティリティーの覚醒

月末に株式市場が唐突な修正相場を呈すまで、2年債、5年債、10年債、さらには30年債でも、ボラティリティーが過去最低水準近辺で推移するなど、米国債オプションは深い睡眠状態にあったと言える。  一方、こうした直近の状況に対して、ここ1カ月の米国債オプションのボラティリティーは、ちょっとした高まりを見せる結果となっている (図1)。 ただ、その「高まり」は、長期的な尺度であるメリルリンチのMOVE指数からすれば、取るに足らない水準に過ぎない(図2)。  実際、この「ちょっとした高まり」をもってしても、米国債オプションの現状のボラティリティーは歴史的な低水準に近いのである。歴史的な高水準を記録した2008年は、市場にとって遠い思い出になり果てている。

図1: 米国債オプションのインプライド・ボラティリティーは、金融危機後と比べても、依然として低水準で推移

図2:長期的な視点では、現状の米国債オプションのインプライド・ボラティリティーは一段と低く見える

それでも米国債オプションのボラティリティーは上昇する、と言える背景には、以下の3つがある。

1)     米国の財務状況は、税収の低下と劇的な支出拡大を背景に、急速に悪化している。

2)     FRB(米国中銀)による政策金利引き上げを受けて利回り曲線が平坦化することにより、株式や債券のオプションではインプライド(予想)・ボラティリティーが暴騰する可能性がある。

3)     過去10年間、世界の主要中銀が積極的にQE(量的緩和)を進めてきたことで、株式や債券などの市場は依然として割高とされる水準での推移となっている。

2009年から2017年にかけてFRBがそのバランス・シートを大きく拡大させたことは、債券市場に安定的な買い手の存在を印象付ける結果となった。3次にわたるQEを経て、FRBは米国債を総額およそ3兆ドル –発行額の20%超を買い付けている。また、2014年に最後のQEを終了してからも、償還を迎える保有債券について、FRBはその全てを再投資してきた。  そして2017年10月、FRBはこの再投資を減額し、バランス・シートの縮小に踏み切る。これによって、債券市場の買い支えは縮小することになり、発行される債券の消化は民間部門への依存度を一段と高める結果になっている。

2009年から2016年、FRBが米国債を買い支える一方で、連邦政府の財政赤字は縮小傾向となっていた。赤字額は対GDP比で、2009年初頭の10.2%から2016年には2.2%まで、縮小していたのである。  この時期、連邦政府の債券発行額が減少を見せたのには、以下の3つの背景がある: 1)景気回復、2)減税措置の終了、3)歳出削減派の台頭による財政支出の拡大スピード減速(図3)。こうして、FRBが債券市場から撤退するタイミングで、米国財務省は債券発行額を縮小する結果となったのである。

図3: 景気拡大期がここまで経年している一方で、財政赤字の巨額化が見込まれている

ただ、現状は、これが反転する動きを始めている。  2017年12月の税制改革を前にした段階でも、米国の財政赤字は対GDP比で、2.2%から3.5%に拡大していた。税制改革を考慮すると、財政赤字は対GDP比でさらに0.5%から0.7%増加すると予想されている。そして、足元で財政赤字に負荷をかけるのは、税制改革だけではないのも事実である。  今年2月、米国議会は、今後2年間の予算で、国防と非国防費を大幅に増額した内容を承認している。こうした要因も勘案すると、財政赤字は2019年までに、GDPの5.5%から6%に達すると予想される。そして、景気の拡大期が8年、9年を経た段階で、ここまでの巨額の赤字を抱え込んだことは、かつてなかったことでもある。  1980年代の景気拡大では、1989年の財政赤字はGDPの2.5%程度であり、5.7%に達していた1981年‐82年の景気後退期から縮小している。そして、1990年代の景気拡大が絶頂期を迎える状況では、対GDP比の財政は2.7%の「黒字」に転じていた。2003年から2007年、景気が短期的な拡大を見せた局面では、2004年にGDPの3.9%に達した財政赤字が、金融危機直前の2007年には1.0%にまで縮小している。

FRBの購入額が縮小する一方で政府の発行ニーズが一段と高まりを見せる現状は、米国債市場のボラティリティーが高まる可能性を強く示唆するものであり、QEを背景とした睡眠状態から、市場が再び覚醒する可能性が高いと言える。  FRBが積極的に買い支える一方、政府の発行ニーズが低かった市場環境では、米国債価格の下落リスクは高くなかった。価格上昇に関する懸念はあったが、下落リスクは(明らかに)限定的だった。実際、 米国債のパフォーマンスは2009年から2017年、良好だったと言える。それは、同期間に、S&P 500® が4倍化する一方で成し遂げられたパフォーマンスでもある。

ただ、ここ最近の状況は、こうした動きからの反転を見せてもいる。株式市場が1月25日の高値から最大で12%の下げに至る段階では、これに呼応する債券市場の上昇が見られなかった。債券市場は、下落したのである。株式市場が高値からの距離を依然として残した水準で推移する一方、3月9日時点の債券利回りは、1月25日時点に比べて25bpt(ベーシス・ポイント)上昇した水準となっている。質への逃避という神話を、ここに見ることは出来ない。 

債券発行が加速する一方でその購入を減額させたFRBは、同時に、政策金利の引き上げサイクルに入っている。昨年12月に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)で公表された同委員会参加者の金利予測を示す「ドット・プロット」は、2018年に3回、2019年にさらに3回、政策金利の引き上げを見込む結果となった。そして市場はここ数カ月で、この予想を、少なくとも部分的に、織り込む水準となっている。FF(フェッド・ファンド短期金利)先物の動向からは、2019年の3回の利上げに関して疑念を残す一方(図4)、2018年の3回については完全にこれを織り込んだ市場の姿が見て取れる。FRBが政策金利を引き上げることによって政府の債券発行コストは上昇し、その分、発行される債券額も増加することになる。さらに, 市場が織り込んでいる程度の利上げサイクルにFRBが踏み切るとすれば、利回り曲線は一段と平坦化することになると考えられる。そして、利回り曲線が平坦化すればするほど、その形状が爆発的に巻き戻す可能性が高まることになる。

図4: FRBの政策金利引き上げ予想について、2018年分を完全に、そして2019年分の一部を織り込んだFF先物

ボラティリティー‐利回り曲線サイクル

本稿のシリーズでは過去に、利回り曲線のスロープ(30年債-3カ月物政府証券)と市場ボラティリティーには強い相関性があることを指摘している。これに関する最初のレポートでは VIX指数に言及し、 S&P500®に連動したオプション指数で議論を進めている。  そして、同様の議論は、与信市場, 雇用市場、  債券オプションにも適用することが出来る。ここでは、2年債、5年債、10年債、30年債の1カ月物オプションを加重平均したボラティリティーについて、長期的なデータ(1988年以来)の蓄積があるメリルリンチのMOVE指数で見ていくことにする。

VIX指数(S&P 500®) とMOVE指数(債券)には、利回り曲線に対して4段階で構成されるサイクルが存在する:

1)     景気後退期: 景気が後退期入りすると共に利回り曲線の平坦化が進展し、ボラティリティーが高まる。中央銀行はこうした背景から政策金利の引き下げに追い込まれ、景気回復の初期段階に向けて利回り曲線はスティープ化し始める。

2)     景気回復初期: 低金利とスティープ化した利回り曲線によって景気は癒され、結果としてボラティリティーが低下する。

3)     景気回復中期: 失業率の低下、債券と株式の安定相場、加えてスティープ化した利回り曲線を背景に、FRBは政策金利の引き上げに踏み切り、利回り曲線を平坦化させる。

4)     景気回復晩期: 景気拡大の最終段階に向けてFRBは政策金利を引き上げ続け、利回り曲線は平坦化し、ボラティリティーが低い状況となる。ただ、この段階のボラティリティーは上昇に転じる方向にあり、実際に上昇に転じると、それは急速で大規模な動きとなる可能性がある。

1999年以来、債券と株式の指数オプションのボラティリティーが同様の動きとなっていることには、留意する必要がある(図5‐8)。

図5: 2000年から2008年、債券オプションのボラティリティーは株価と同様の動きとなっている

図6: 2000年から2008年、株価オプションのボラティリティーは債券オプションのボラティリティーと同様の動きとなっている

図7: 2008年以降も、債券と株式の指数オプションのボラティリティーは依然として同様の動きを示している

図8: QEと2015年の原油価格暴落によって、直近のサイクルにはよじれも生じている

興味深いのは、利回り曲線のボラティリティー・サイクルで見られる反時計回りの動きが、1900年代の株価指数オプションには対応しているものの(図9)、債券オプションには対応していないことである(図10)。1990年代の債券オプションにおける(反時計回りではなく)時計回りの動きは、1994年から始まるFRBの金融政策引き締めサイクルを背景に、市場に大きなボラティリティー・ショックがもたらされたことも一因と考えられる。実際、この動きに対して、債券市場は無防備だったのである。当時のFRBは、事前にその政策方針を市場に浸透させることについて、現在ほど関心を持っていなかった。この事実は、2004年から2006年、または現在の引き締めサイクルが、事前に周知された市場環境で行われていることとは対照的である。  さらに、1990年代の債券市場の参加者には、1970年代の様なインフレ環境に対する懸念が、現状よりも色濃い懸念としてあった。一方で、現在の市場参加者は、雇用市場のタイト化が必ず消費者物価の手に負えない上昇を発生させるとは思っていない  – 20年前であれば、考えも及ばなかった帰結である。当時、低位で安定したインフレは全く新しい環境であり、理解も信用もされていなかったのである。 

図9: 1990年代の株式ボラティリティーは、利回り曲線のスロープに対して反時計回りの動きを示していた

図10: 1994年から始まった金融引き締めサイクルは、有価証券市場に衝撃を与える結果となった

ボラティリティーが2018年の1月末から2月初めに急上昇したこと、同時に3ヶ月と30年の利回り差で150bpの拡大が見られたことで、当面、ボラティリティーが一段と上昇する局面はないのかもしれない。  債券と株式の指数オプション・ボラティリティーは覚醒したものの、これで再び、しばらくの間だけでも、睡眠に落ち込まないとは限らない。  ただ、2018年と2019年のドット・プロットが示すように、FRBの政策金利引き上げ幅が150bptに迫るものであるとすれば、来年末までに利回り曲線は平坦化し、ボラティリティーは2020年初めの爆発的な上昇に向けて歩みを進めると考えられる。  さらに、金融や財政の政策サイクルを別にしても、債券オプションのボラティリティーが上昇すると考えられる要素が1つある。それは、バリュエーションである。

バリュエーション: 爆発の燃料

2009年3月の安値から、S&P 500®は300%超の上昇を見せている。対GDP 比で125%に達したS&P 500® の時価総額は、第2次大戦後のピークとなった2000年の138%に迫る水準であり、1960年代の最高水準をはるかに超えている(図11)。過去データで見ると、株式市場の時価総額がGDP比でこうした高い水準に達した後の相場展開が、必ずしも良好なものではないのも事実である。1960年代初めから半ば、株式市場の時価総額はGDPの110%近くまで高まったが、その後の15年間、名目的な上昇という意味で、株式市場は沈滞する結果となっている。さらに、インフレ調整後の株価推移は沈滞では留まらなかった: 1966年から1982年の間に、株価は70%の下落となっていたのである。2000年から2009年の間にも、株価は同様の激しさで下落している。4年ほどの景気回復期を挟んで、50%に続いて60%の下落を見せているのである。

図11で明白なのは、S&P 500® / GDP比と10年債利回りが強い逆相関を示していることである。債券利回りが高い場合、株式の対GDP比は低くなる傾向にある。反対に、債券利回りが低い場合、株式は対GDPを高める傾向がある。

こうした視点から考察すると、債券利回りが歴史的な低水準にあり、株式の対GDP比が歴史的に高い水準にある現状が示唆しているのは、債券バブル、または株式バブル、はたまた債券+株式バブルなのだろうか?その答えは、分かっていないと言うのが現状である。ただ、次に示す単純な計測方法では、前述の示唆に関して比較的明確な答えを得ることが出来る。この計測方法とは:S&P 500®/GDP比を10年債利回りで乗じる方法である。(ここで10年債を選択したのは、1977年までしかない30年債に比べて、その過去データが豊富だからである)この手法は、PER(株価収益率)に債券利回りを乗じるFEDメソッドに類似している。図12に示す線は、図11に示した黒線と青線の元データを乗じたものである。

図11: S&P 500® / GDP比は過去最高水準に迫っている

図12: 債券利回りで修正したS&P500時価総額のGDP比

ここで明白に示唆されているのは、もし市場にバブルが発生しているとしたら、それは株式市場ではなく、債券市場の方だと言うことである。そうすると、債券市場のバブルが示唆される中で、QEの巻き戻しを開始したFRBは政策金利の引き上げサイクルに踏み切っており、連邦債務は大幅に拡大する局面を迎えていることになる。現状がどう進展するかは、多分に興味深いものであると言える。

債券利回りが歴史的な低水準となっていること、株価の対GDP比が高水準であること、(通貨、株式、債券、金属など)多くの異なる市場において予想値でも実現値でも、ボラティリティーが一様に歴史的な低水準となっていることなど、FRBのバランス・シート拡大と超低金利環境が現状の金融市場に与えている影響は広範囲にわたっている。その意味では、バランス・シートの縮小や政策金利の引き上げにFRBが踏み切っている現状は、市場参加者を神経質にさせるに充分な背景でもある。  利回りが低下する局面ではボラティリティーが低下しやすいが、株価の上昇は債券利回りの上昇を伴ってどこかの時点で反転し、株式市場に荒々しい下落をもたらすことになる。投資資金が質への逃避に走ることで、債券や株価の指数オプションではインプライド・ボラティリティーが爆発的な高まりを見せることになる。

一方、現状の市場環境が継続すると見込む市場参加者にとっては、ECB(欧州中銀)やBOJ(日銀)など、FRB以外の中銀が、減速傾向であるとはいえ、バランス・シートの拡大を継続している背景もある。それぞれの国では債券利回りが低め誘導されていることから、例えば米国株や米国債など、より高リスクで高利回りな市場に資金を振り向けることを、投資家は余儀なくされている。それでも、2018年末までにECBのQE終了が予想され、英国中銀のBOEを含めて、その他の中銀が金融の引き締めに向けたスタンスを明確にする中、現在の市場環境は、投資家が過信に留意するべき局面であると言える。


 

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本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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