為替と人口 ――インドルピーの対ドルレート見通し

  • 11 Mar 2016
  • By Blu Putnam
  • Topics: Weather

Bluford Putnam(CME Groupチーフエコノミスト)


外国為替レートに反映されるのは、何よりもまず双方の通貨に盛り込まれている「経済ファンダメンタルズ」の比較である。そして、類似する通貨との「代替効果」がどれだけあるかだ。例えば、INR(インドルピー)とUSD(米ドル)の場合、何よりもまず重要となるのが、人口配当(人口ボーナス)の違いを背景にした長期的要因であろう。インドでは若年層が多く、米国では老年層が増加している。そして、この人口配当がINR/USDレートの根本的要因となっている間に、短中期的要因として非常に大きな役割を果たしそうなものがある。「新興国のなかではインドのほうがまだ良い」という代替効果がどれだけあるかだ。

本レポートでは、まずインドと米国の人口配当について簡単に論じる。人口配当は、経済成長率に長期的な差を生み、政治経済リスクにかなり色濃く反映されるだろう。次に、外国為替の代替効果について検証する。為替レートは2つの通貨を比較するだけだ。しかし、世界的リスクの高まりが明らかなとき、類似する国で起きていることが為替レートに大きく影響しないわけではない。“波及”効果もあり得る。実際のところ現在、主要中央銀行は、超低金利、さらにはマイナス金利の政策を実施している。世界的に利回りを追求する動きは、新興国通貨、そしてインドルピーに、リスクを超える価値を見出すかもしれない。

 

人口ボーナスによる政治課題

人口からみると、インドは超大国であり、そして若い。人口は中国に次ぐ世界2位の12億人超だ。その半分を超える6億8000万人が30歳未満である(図1)。65歳超は6%未満で、毎年労働者人口から退く割合が非常に小さい。しかも、毎年2000万人を超える若者が、新たに労働者人口に加わっている。したがって、インドでは間違いなく、雇用の創出が政治的安定のカギとなる。経済成長に失敗すれば、かなり大きな失望を招き、政治的な不透明感によるリスクが増大するだろう。

対照的なのが米国である。ベビーブーマーが引退を迎えている。概ね1940年代末から60年代初めに生まれた世代だ。人口の14%あまりが、すでに65歳を超えた。その割合は、これから10年にわたって着実に大きくなる(図2)。退職者1人当たりの消費は、かつてその人の所得がピークにあったころに比べると、それほどではない。実際のところ、ベビーブーマーは、レバレッジと消費を受け入れた世代だ。しかし、その多くが老後に十分な貯蓄がないと気づき始めている。老後に入ったベビーブーマーは、ますます倹約するだろう。そして、こうしたベビーブーマーによる経済的足かせは、ミレニアル世代(訳注:概ね80年代半ばから2000年代前半に生まれた世代)で相殺されそうにない。少なくとも、これから10~20年は無理だ。

ただ、米国の労働者人口に加わる若者が定年に達した人よりも少なくなる。失業率を安定的に維持するために必要な正味の雇用創出は100万~125万まで下げられそうだ。したがって、雇用創出は米国経済にとっても課題であるとはいえ、インドほど優先順位が高くないといえる。一方、インドには退職者増による経済的足かせがない。むしろ、大局的には労働者の平均年齢が上昇するとともに、生産性が向上し、所得が増加すれば、さらなる押し上げを享受することになる。

図1と図2 インドと米国の人口ピラミッド(2020年)

こうした経済的要素から、為替レートの基本的変動要因がいくつか垣間見える。インド政府に経済のかじ取りをするだけの能力がなく、政治・経済的な不透明感が拡大しようとも、経済成長率の差は、インドルピーの大きな支持材料となるだろう。私たちの分析では、米国の潜在GDP成長率が年2%ほどに落ち込む一方で、インドの潜在GDP成長率は年5~7%の範囲に収まりそうだ。この大きな成長率の差が持続することは、貿易不均衡についてのいかなるリスクも超越するとみている。

また、インフレ的要素もある。雇用創出が切実な課題である経済では、為替レートを緩やかに下げ、先進国が好む以上のインフレを許容する偏った政策がとられやすい。為替レートの観点からいうと、比較的高い経済成長性はインドルピーの支持材料となる。一方、米ドルの支持材料となるのは低めのインフレだ。ただし、そこに金融・財政政策と世界的な通貨ポートフォリオの代替効果を勘案する必要がある。

金融・財政政策

金融政策と財政政策は極めて重要だ。概してFRB(米連邦準備理事会)の金融政策は、実質GDP成長率が2%では基準を満たしておらず、またインフレ圧力が不足しているのは望ましくないとの考えに立っている。そのため、ゼロ金利政策から脱却したのは、つい最近であり、2015年12月に0.25%という小さな利上げを実施した。FRBは、2016年には4度にもわたる利上げがあるかもしれないという指針を示している。しかし、市場の総意は違う。利上げは今後先送りされ、2016年には小さな利上げが一度しかないだろうと予測している。このように緩和的な金融政策が続くようでは、低めのインフレという米ドルの支持材料は大きく損なわれそうだ。一方、米国の財政政策だが、税制改革と構造的支出は、どちらも米国の経済成長を促す可能性を秘めている。しかし、最近の二極化した政治と、大統領と議会のこう着した関係から、議論どころではないようだ。

政策的にみると、インドは米国と極めて対照的である。つい最近まではインフレが10%に達しており、ようやく6%を下回るまでになった。このインフレ低下は、少なからず、エネルギーなどコモディティ価格が世界的に下落したおかげである。インドはコモディティ安の最大の受益者といえる。ただ、コモディティ安の恩恵を受けているのは、インドの消費者というよりもインド政府であることに注意してほしい。エネルギーの補助金にかかる費用が削減できたからだ。RBI(インド準備銀行)は、インフレ率の低下に乗じて政策金利を5.75%に下げた。注目されるのは、米国と異なり、RBIの政策金利が現在のインフレ率にいかなるプレミアムも乗っていないことだ。したがって、米国とインドの金融政策を比較した場合、為替レートへの将来的影響は比較的中立といえる。

リスクと代替効果

もちろん、為替レートの分析では、両通貨の経済ファンダメンタルズを比較することが最重要となる。しかし興味深いことに、INR/USDレートについては、リスク性と通貨ポートフォリオの代替効果について理解を深めておくとよさそうだ。来年にかけて決定的な要因となるかもしれない。ベン・バーナンキ米FRB議長(当時)が量的緩和の縮小時期について言及し始めた2013年5月以降、新興国通貨は総じて逆風を受けてきた。2013年4月30日から2016年2月29日までに新興国通貨は対米ドルで全面的に下げた(図3)。

2016年、新興国通貨は非常に難しい局面に入りそうだ。FRBは同年中に0.25%だけ利上げを実施するかもしれない。しかし、インフレの不足と潜在成長率の低下で、FRBが金融刺激策から積極的に脱却する考えにまで至れずにいるのは明らかだ。しかも、ECB(欧州中央銀行)から日本銀行に至る他の主要中央銀行は、量的緩和策を継続するだろう。これらの中央銀行は、預金に対してマイナス金利(ペナルティ金利)を課しており、それが大半の国債利回りをマイナスに導いている。このように主要国が低金利の金融環境に置かれるため、投資家はどこでもいいから良い利回りを見つけようと、追求の姿勢を強めると予測される。その中には、新興国の再評価も含まれるはずだ。

図3:新興国通貨の下落(2013年4月30日~2016年2月29日) 

そこで議論となるのが、代替通貨同士のリスク比較である。もちろん、新興国通貨のバスケットを購入してリスク(そしてリターン)を分散させることもできる。しかし、各通貨のリスクを比較検証して、より能動的に選ぶこともできるだろう。

インドにリスクがないわけではない。いくつかは明らかだ。干ばつが農家を苦しめているし、政府に激しく抵抗している勢力がある。エネルギー、電気、そして水への補助金は、莫大な財政赤字の原因であり、また市場からのメッセージを妨げることで、非効率的な資源配分を招いている。ナレンドラ・モディ首相の政府は、2014年に改革に対する熱狂的支持のなか選ばれた。しかし、実際の改革は遅々として進まず、抵抗する政治勢力が増えている。とはいえ、そうしたリスクがあるにしても、インドは依然として非常に良いほうだと思われる。先ほどファンダメンタルズを比較したときに述べたように、インドがコモディティ安の恩恵を受けているのは明らかだ。コモディティ安は政府補助金の費用削減に追い風となっている。また、インドは政治的な不透明感が強いとはいえ、ブラジル、トルコ、タイといった他の新興国に比べて、インドが多少なりとも際立っているとはいいにくい(11月米大統領選の不透明性についてはいうまでもない)。

以上、インドルピー(対米ドル)に影響しそうな、さまざまな要因を調べてみると、重要な事実が浮かび上がってくる。それは「コモディティ安と世界的低成長のなか、年5%の実質GDP成長率を一貫して出せる国は非常に少ない」ということだ。世界の金融市場で利回りが探し求められている。いくつか考慮すべきリスクがあるとはいえ、インドへの熱狂的支持が高まりそうだ。インドには強い成長予測、コモディティ安の恩恵、比較的安定した政治がある。したがって、インドルピーは新興国通貨のなかでは良いほうだといえるかもしれない。これはまた、インドルピーが先ほど述べた“波及”局面で他の新興国通貨ほど下落していない一因といえるだろう(図3)。

図4:インドルピーの対米ドルレート(チャートの下降がルピー高を示す)

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著者について

Bluford “Blu” Putnam(ブルフォード“ブル”パットナム)CMEグループ・マネージング・ディレクター兼チーフ・エコノミスト。中銀の政策分析・投資調査・ポートフォリオ管理を中心に金融業界で35年を超える経験を持つ。2011年5月より現職。世界経済情勢に関する情報発信で中心的な役割を担う。

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