2015年3月の記事で、私たちは原油価格の下落がもたらす地政学的・経済的影響について述べた。その記事では、主に原油の純輸入国(輸入額>輸出額である国)と純輸出国(輸入額<輸出額である国)について考察した。私たちの予想どおり、純輸入国は原油価格の下落から恩恵を受けた一方で、潤沢な外貨準備と政府系ファンドを持つ純輸出国は、さほどの悪影響を受けなかった。しかし、余剰資産が少ない純輸出国(特にナイジェリアやベネズエラ)は、深刻な苦境に喘いでいる。
原油価格は、上述の分析から約18ヶ月後の現在でも、2015年第1四半期の安値とほぼ同じ水準で推移している。一時は1バレル=26ドルまで相場が下落したことで、供給が中断される可能性も高まってきた。
2016年9月に開かれるOPEC(石油輸出国機構)の会合では、加盟国が減産の可能性について協議する予定だ。そうした状況もあって、7月に安値を付けた原油相場は、ここ数週間では大きく反発している。しかし、このところの原油相場の反発や9月のOPEC会合については、懐疑的に見たほうがよいだろう。以下はその理由である。
アンゴラ:世界の原油生産量の1.9%。ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス大統領は、1979年の就任以来、長期にわたって政権を維持している。74歳を迎えた同大統領は、2018年の選挙にも出馬する意向を示唆しているが、任期満了までは務めない可能性も匂わせている。サントス大統領は、過去にはこうした発言を大統領の座にとどまるために利用したこともある。しかし、仮に権力の移転が起これば、それが政情不安に発展する可能性もある。アンゴラの経済は、過去2年間でおよそ25%縮小した。政府は20%の予算削減を実施し、インフレ率は30%を突破。アンゴラの通貨は、ドルに対して3分の1を超える下落となった。こうした混乱の中で、アンゴラの外貨準備高は2013年の370億ドルから、2016年5月には230億ドルまで減少した。アンゴラでは、27年間(1975年~2002年)にわたって内戦が続いてきた。今後何年かのうちに、再び政情不安に陥る可能性もあるだろう。そうしたケースでは、原油の生産能力が大きく損なわれるかもしれない。
アルジェリア:世界の原油生産量の1.9%。79歳を迎えたアブデルアジズ・ブーテフリカ大統領の体調悪化により、アルジェリアでも権力の移行が起こりつつある。ブーテフリカ大統領は、1999年の大統領選挙に勝利した後、内戦後のアルジェリアにおいて様々な派閥の和平交渉を支援した。アルジェリアでは、1992年から2002年まで内戦が続き、約15万人がこの争いで命を落とした。「アラブの春」によって近隣のチュニジアとリビアが混乱の渦に巻き込まれる中、内戦の悲劇から教訓を学んだブーテフリカ大統領は、アルジェリアがそうした混乱に陥らないように対処した。しかし、将来にわたる明確なプランはなく、アルジェリアには依然としてリスクが残る。原油価格の暴落はアルジェリアに大きな損害をもたらした。同国のGDPは12%減少し、予算の大幅なカットが実施された。こうした苦境に加えて、アルジェリアでは飲料水の不足が深刻な問題になっている。また、隣国のモロッコとの間で緊張が高まりつつあることも、同国のリスク要因である。
イラク:世界の原油生産量の3.7%。米国が主導した2003年の侵略戦争の後では、イラクの政治情勢が完全に安定したことは一度もない。しかし、同国のエネルギー生産量は、2003年の日量130万バレルから、2015年には日量410万バレルへと大きく増加した。2014年から2015年にかけては、生産量が前年比25%増と急速に伸びている。原油はイラクの唯一の収益源であるため、生産量は大幅に増えたものの、原油価格の暴落が大きな痛手となっている。原油相場の低迷は、大幅な予算削減に直結する。このことは、イラク政府が抱える多くの問題を一層困難にしている。ハイダル・アル・アバーディ首相は、「イスラム国(IS)」の脅威に加えて、自国でマジョリティを占めるシーア派との間でも問題を抱えている。こうした状況下では、イラクが今後も原油生産量を大幅に増やし、将来にわたって原油価格を押し下げるとは考えにくい。
ナイジェリア:世界の原油生産量の2.7%。ナイジェリアの大統領は、1999年以降、イスラム教徒が多数派を占める北部からの候補者と、キリスト教徒が多数派を占める南部からの候補者との間で、何度か入れ替わっている。ナイジェリアの大統領職は、最近ではキリスト教徒のグッドラック・ジョナサンからイスラム教徒のムハンマド・ブハリに引き継がれたが、新政権の発足直後から様々な問題が発生し、その多くは石油収入の激減によって悪化の一途をたどっている。評論家の間では、ブハリ大統領が自身の出身地である北部からの顧問を偏重し、南部出身の指導者に十分な権力を与えていないと見る向きも多い。加えて、予算の大幅なカットが政情不安に拍車をかけ、ブハリ大統領は様々な問題に対処することが難しくなっている。ナイジェリアの武装勢力、ニジェール・デルタ・アベンジャーズ(NDA)の攻撃によって原油の生産が損なわれていることは、そうした問題の一つである。評論家の中には、ブハリ政権の存続を危ぶむ声まである。長年にわたって政情不安が続いてきたナイジェリアでは、原油生産が途絶される可能性も低くないだろう。
ベネズエラ:世界の原油生産量の3.0%。ボリバル主義運動(社会主義に基づく政治運動)はあえなく失敗し、ベネズエラの経済は崩壊の淵に立っている。高い技術を持った都会の労働者は、自国の経済状況に深く失望し、湿地帯の農村部に出向いて金鉱夫として働き始めている。その結果、ベネズエラでは50年前に撲滅されたはずのマラリアが、再び増加の兆しを見せている。ニコラス・マドゥロ大統領は、わずかに残った支持者さえも急速に失いつつある。ベネズエラは膨大な石油埋蔵量を有するが、国営石油会社「ペトロレオス(PDVSA)」の経営の失敗により、同国のエネルギー生産は何年にもわたって停滞している。原油価格の暴落は、ベネズエラのGDPを大幅に減少させた。ところが、政府は予算の削減ではなく、紙幣の増刷によって問題に対処しようとし、これがハイパーインフレを引き起こした。任期満了後の2019年以降は、おそらくマドゥロ政権は存続していない。問題はその後である。ベネズエラでは、原油の生産停止につながるような政治イベントが発生するかもしれない。
こうした国々とは対照的に、原油の主要生産国は安定的である。
米国:世界の原油生産量の13%。米国では、原油価格の下落が供給に影響を及ぼしている。米国の供給量は、2015年4月のピークから12%減少した。今後、石油・ガス会社の財務体力が悪化すれば、安定的な供給が損なわれるかもしれない。
サウジアラビア:世界の原油生産量の12.8%。2016年には、サウジアラビアが再び世界最大の原油生産国となる見通しだ。同国の対GDP比の準備高は、2014年末時点の200%強からは減少したが、依然として178%という高水準を維持している。
サウジアラビアは、このペースで準備高を減らし続けることはできないだろう。その代わりに、国営の石油会社「サウジ・アラムコ」の株式を売却し、追加の資金調達を行うという選択肢がある。この方法の問題点は、アラムコの企業価値が把握しにくいという点である。一部では、2.5兆ドル(サウジアラビアのGDPの300%以上に相当)と評価する声もあるが、他の国営石油会社の売却例を見ると、往々にして投資家の評価が得られにくい傾向がある。企業価値の観点からみると、国営会社には様々な問題がある。
サウジアラビアは、原油価格の下落を受けて予算削減を実施し、2030年までに石油への依存を軽減するという大胆な経済改革を打ち出した。ただ、実現は容易ではないだろう。2020年までの短期的な見通しでは、サウジアラビアの安定を揺るがすような要因はほとんど見当たらない。もし原油価格の低迷が2020年以降まで続くようであれば、より深刻な政治的・社会的問題が生じるかもしれない。一方で、他の石油生産国の不安定化によって生じる原油価格の上昇は、サウジアラビアに恩恵をもたらす可能性がある。
ロシア:世界の原油生産量の12%。世界第三位の生産国であるロシアは、比較的安定しているようだ。原油価格の下落、予算の削減、さらには景気後退といった問題に直面するロシアが、どうして安定しているのかと疑問に思われるかもしれない。しかし、それにはもっともな理由がある。第一の理由は、ロシア人の国民性だ。二度の世界大戦や共産主義の苦しみ、ソビエト連邦の崩壊に伴う大混乱、そして1998年のロシア財政危機など、ロシアは幾度と無く苦境に立たされてきた。それらを乗り越えてきたロシア人には、苦境に対する強い耐性がある。GDPが4%減少したからといって、人々は路上で暴れ出したりしないだろう。第二の理由は、高齢者の人口が比較的多いことだ。革命は得てして、中高年よりも若年層の人口が多い国で起こるものである。そして第三の理由は、ロシアの安全保障機構が盤石な体制にあると思われる点だ。
しかし、ロシアにまったくリスクがないということではない。ロシアの外貨準備高は、経済の規模に比べると低水準だ。ウラジミール・プーチン大統領は、クレムリン高官の強制捜査、逮捕および辞任が相次いだ後で、今年8月12日には側近のセルゲイ・イワノフ大統領府長官を解任した。こうした国内情勢にあってもなお、ロシアは軍事介入の優先順位をウクライナからシリアへと移すことにも奔走しているようだ。さしあたり石油の供給を中断させるような政治イベントという点では、ロシアは比較的リスクの低い国と見なせるだろう。
中国:世界の原油生産量の5%。世界第四位の石油生産国である中国は、実際には石油の純輸入国であるため、供給の不安材料として見られることは滅多にない。中国は、原油の地政学的リスクという観点では、供給の途絶に伴う価格上昇リスクよりも、むしろ需要の減少に伴う下方サイドのリスク要因となるだろう。中国は南シナ海における領有権問題で強硬姿勢を強めており、これが米国や近隣諸国との外交的緊張を高める可能性がある。もし緊張がエスカレートするような事態になれば、原油市場のボラティリティが急激に高まるかもしれない。ただ、それによって価格が上昇するかどうかは全く不透明である。
中国の不安定要素には、急速に高まっている債務水準や、減速を続ける経済成長率の問題もある。中国が抱える公的債務と民間債務の合計は、2015年末の時点で対GDP比255%という水準に達し、その比率は前年の235%から上昇している。この債務水準は、米国や西欧諸国が2007年以降に積み上げてきた債務比率とほぼ同じである。さらに、1990年の日本――成長の終焉と停滞の始まり――の状況まで、あともう少しの水準でもある。もし中国で金融危機や景気後退が起こった場合は、原油価格が急落する可能性もあるだろう。
イラン:世界の原油生産量の3.7%。原油価格の下落はイランにとってマイナスに作用してきたが、増産や米国の制裁解除による効果で、その影響の大部分が相殺されてきた。加えて、イラン経済は石油のみに依存しているわけではなく、多くの人が想像するよりも多様化が進んでいる。
アラブ首長国連邦(UAE)に代表されるその他の湾岸諸国は、サウジアラビアと同様に十分な準備高を保有しており、原油相場の低迷が今後数年にわたって続いた場合でも耐えられるだろう。小規模な生産国であるカザフスタン、そしてアゼルバイジャンにおいても、不安定要素はいくつかある。しかし、この2カ国の生産量はかなり少なく、大きな影響を及ぼすことはないと予想される。
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Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
Erik Norland(CMEグループ エグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト)によるレポートを さらに見る