鉄鉱石価格が映す中国経済の健全性

  • 20 Oct 2015
  • By Erik Norland

鉄鉱石の価格が暴落している。ここ1年で58%も下げた。これは金属の中でも著しい下げ幅といえる。例えば、銅価格は同期間に約10%下げただけだ(図1)。またアルミと鉛の下落率も1ケタにとどまっている。ニッケルとスズの下げは35%ほどである。そして興味深いことに、鉄鉱石が主な原料である鉄鋼の価格も、約30%下げたにすぎない。鉄鉱石ほどの崩落を見せていないのである(図2)。

図 1

図 2

このため、鉄鉱石が銅や熱延鋼板といった他の金属資材と低い価格相関性を見せている(図3と図4)。これは、鉄鉱石以外の金属価格でリスクを取っている人たちにとって、ポートフォリオの分散化を図るうえで、興味深い機会がもたらされているといえそうである。

図3

図 4

鉄鉱石が銅や鉄鋼と相関性が低い理由

鉄鉱石と銅は、どちらも同じ金属とはいえ、需給の力学がかなり異なる。まず挙げられるのが、鉱床のある地理的位置が、鉄と銅で大きく異なる点だ。2014年、世界で最も鉄鉱石を産出した国は中国だった(世界シェアの47%)。それに次ぐのが豪州(21%)、ブラジル(10%)である。一方、銅の鉱山はチリにかなり集中しており(世界供給量の31%)、それに中国(9%)、そしてペルーと米国(どちらも7%)が続く。このように鉄(銅の500倍も豊富に存在する)と銅は、ほとんどが異なる地域・鉱山で産出されているため、供給のブレに高い相関性が見られないのである。米地質調査所の世界鉱業データによると、1994年から2014年にかけて鉄と銅の価格相関性(前年比)は、マイナス0.36だった。このデータは、鉄と銅の値動きが異なる理由をよく説明している。

では、需要面はどうだろうか。こちらは鉄鉱石と銅に、より相関性があるといえるだろう。どちらも建築資材や消費財などの工業製品に、よく用いられており、世界経済の変化に似たような反応を示すはずだからである。ただし、鉄と銅は、ほとんど替えがきかない。また、主な需要先も供給と同じように地理的に異なる。中国は世界一の鉄鉱石産出国(2014年47%)だが、世界で供給される鉄鉱石の実に70%以上を消費している。一方、中国の銅消費は2013年に43%まで達しており(トムソン・ロイターGFMS社『GFMS Copper Survey 2014』より)、これもまた非常に大きなシェアといえるが、鉄鉱石に対する旺盛な消費欲よりは、かなり小さい。

鉄鉱石と鉄鋼の相関性が比較的低い理由もまた、供給面から説明できる。中国が膨大な量の鉄鉱石を消費しているのは、鉄鋼の生産にスクラップ鉄をほとんど利用していないからだ。2014年には世界生産の49%がスクラップ鉄から生産されている。中国とかなり対照的なのが米国である。鉄鋼の60%がスクラップ鉄から生産されている。米国のような先進国では、中古車や建築廃材などからのスクラップ鉄が安定的かつ大量に供給されており、新しい製品を生み出すのに利用されているのである。こうした大量のスクラップは、中国のような急速に発展している国では、そう簡単に手に入らない。そのため同国の鉄鋼業者は、鉄鉱石だけでなく、他に原材料となる石炭(原料炭)やニッケル、クロムなども手当てをしておく必要がある。事実、石炭価格は鉄鉱石価格ほど下落していない(図5)。このことは、鉄鋼価格がそれほど急落していない理由、そして鉄鉱石とほとんど相関していない理由を部分的に説明している。

図5

中国がくしゃみをすると鉄鉱石が風邪をひく

最近の金属価格の下落は、世界最大の金属消費国である中国の景気減速が大きく関係しているといえるだろう。中国経済が減速した理由は、いくつか挙げられる。

  1. 中国の通貨である人民元(RMB)が米ドルとほぼ連動したままであるから。米ドルは世界中のほとんどの通貨に対して強くなっている。それに付き添ったことで、中国の輸出競争力が低下した。
  2. 中国の民間部門がかなりの負債を抱えているから。これは他の新興国が抱えている負債よりも巨大だ(図6)。中国の建設投資を減退させる一因となっている。
  3. 習近平国家主席が汚職を厳しく取り締まっているから。このことが建設計画の承認速度を鈍化させている。

図6

これら3つの要因はまた、中国の鉄鉱石需要が減退する一因にもなっている。中国での在庫増が、鉄鉱石にさらなる圧力となっているわけである。

なお、念のために記しておくが、けっして中国で景気後退があると予想しているわけではない。PBOC(中国人民銀行)は、銀行の預金準備率を引き下げ、また金利を下げる緩和策をとっている。こうした動きは、強い通貨、高い民間部門の負債、反腐敗運動に対する官僚組織の萎縮による衝撃をいくらか打ち消すはずだ。PBOCが金融緩和策で投資と需要を刺激できるかぎり、鉄鉱石価格だけでなく、主要な鉄鉱石輸出国の通貨を下支えする要因となるだろう。鉄鉱石価格はPBOCの追加緩和策に好意的に反応しそうだ。

豪州とブラジル

鉄鉱石価格の下落は、世界中に波紋を呼んでいる。世界最大の鉄鉱石輸出国である豪州は、一次的影響で見た場合、GDP(国内総生産)成長率を2.2%も引き下げることになりそうだ。また世界2位の輸出国であるブラジルのGDPへの一次的影響は、0.7%の減少となる。ただ、実際のGDPへの影響は、一次的影響が示唆するものとかなり異なり、それほどは大きくないだろう。最近、豪州とブラジルの通貨が安くなっており、それが両国の輸出を押し上げ、国内産業を輸入品から守っているからだ。しかも豪州では、金融緩和策が鉄鉱石安の衝撃をさらに和らげると考えられる。一方、ブラジルはそれほどうまくいきそうにない。中央銀行が金融引き締め策をとっており、政府は増税と支出削減に取り組んでいるからだ。これらは、短期的には、鉄鉱石などコモディティの値下がりによる経済への悪影響を激化させる。

以上から、鉄鉱石安による逆風は、豪ドル(AUD)安とブラジルレアル(BRL)安の一因になっているといえるだろう(図7と図8)。

図7

図 8

AUDとBRLの通貨でリスクを評価しようとしている人は、鉄鉱石の収益性にも注目しているかもしれない。

中国の景気減速は、鉄鉱石価格に過度に影響している。同国が金属を大量に消費するからだ。鉄鉱石価格は、しばらくこのまま、建設投資と輸出が主導する中国経済の健全性を示す重要な指標となるだろう。しかも、AUDとBRLだけでなく、豪州とブラジルの金融政策にも、ある程度の影響力を維持しそうだ。

 

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著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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