金、銀、プラチナの価格が過去6カ月間においては回復局面にあるのは、フェデラルファンド(FF)金利先物に織り込まれているように、足元の利上げサイクルの利上げ継続に対し、投資家が連邦準備理事会(FRB)への不信感を強めているという一つの重要な要因があるからだ。たとえば、3月中旬、FF金利先物に織り込まれた水準は、FRBの誘導目標が2年先に1.75~2.00%のレンジに達する見通しを示していた。だが、8月末までに、こうした期待はしぼみ、市場では現在、FF金利が2年先に1.5%を割り込む可能性が最も高いと予想されている(図1)。
利上げ期待の後退は、貴金属にとって大きな好材料である。投資家は、金属を金利を生まない商品と認識している。そのため、利上げ観測が後退すれば、現金保有に比べた貴金属保有の魅力度が高まる。金利が算定される(100マイナス価格)FF金利先物の日足の変動と金、銀、プラチナの価格の日足の変動との間の負の相関関係は、過去数年間において一段と強まった(図2)。これは米国の金利市場が貴金属にもたらす影響が時を経て強まったことを示唆している。
貴金属投資家は、直近の上昇局面に満足しているのは疑いようもないとはいえ、上昇は続かないとする慎重派と、持続の可能性があるとする楽観派はともに理由がある。貴金属の相場が上下するリスクを詳述する前に、最近の利上げ観測の後退は、米国経済の現状とはほとんど関係ないことは指摘するに値する。GDP、労働市場、その他のほとんどの経済指標は、安定した伸び率を示しており、インフレ率の上昇は穏やかである。他の条件が同じならば、利上げ回数が予想よりも少なくなることはなく、回数が増えるとの見方が生じるはずである。さらに、米国および大部分の他国の利回り曲線(中国を除く)は、順イールドを維持しており、これは、今後12~24ヶ月において景気後退の可能性が低いことを示唆している。
利上げ期待の後退は、政治に対する懸念に関連しているようにみえる。さらに、差し迫った疑問がいくつも存在する。ジャネット・イエレン議長は、FRB議長として再任されるのだろうか? 再任されない場合、誰が代わりに就任するのか? 金融政策を決定する連邦公開市場委員会(FOMC)のその他のポストは誰が指名されるのか、タカ派やハト派についてはどのような状況になるのか? 医療保険制度改革法の代替法案の頓挫は、税制改革法案やインフラ投資法案も議会での議論の手詰まりによって実現されないとのシグナルなのだろうか? トランプ政権の相対的に低い支持率と議会との確執を受けて、FRBは財政政策による景気刺激策なしに、経済成長を支え続けることになるのか? 連邦政府機関は閉鎖されるのだろうか? これらの疑問に対する答えはいずれも、明らかになっておらず、こうした不透明感は、FRBが利上げを継続するとの見方の重石となっている。
米国の金融政策の方向性に関する懸念が金利予想の足を引っ張り、貴金属価格を押し上げる要因となっている限りは、これは、貴金属に下落リスクをもたらす。「ドットプロット(FOMCの理事の金利予想」に示されたFRBの見方と市場の見方の間には、非常に大きな乖離が依然存在する。その多くがまもなく交代となる予定のFOMC理事は、FRBは政策金利を2010年末までに3%に引き上げると考えているようだ。これは、今から2019年末までに7回以上の利上げを行うことを示唆する。FF金利先物では、2010年末のFRBによる誘導目標の1.5%引き上げが織り込まれており、これはもう1回の利上げに加えてその後は確率が五分五分である。市場の見方とドットプロットとの乖離がこれほど広くなっているのは、まれなことである。
失業率が低下し続け、個人所得と個人消費が伸び続け、住宅価格が回復が続き、世界が北朝鮮との衝突を回避すれば、FRBは市場に織り込まれた水準以上に金利を引き上げる恐れがある。FRBはおそらく、2020年までに3%へと引き上げることはないとみられ、これは少々夢物語のように思われるものの、金利は確実に2%に達する可能性があろう。FRBは2020年までに市場予想よりも1回か2回多く利上げを行ったとしたら、これは貴金属にとって悪材料になりかねない。同様に、FRBの抱える巨額のバランスシートの規模縮小は、それにより中長期金利の上昇が促される限り、貴金属にとって支援材料にはならないだろう。ただ、トランプ政権と議会が市場にサプライズをもたらし、大規模な税制改革法案やインフラ投資法案を通過させる一方で政府機関の閉鎖を回避させた場合、金利予想が押し上げられて貴金属価格は下落しかねない。
それとは対照的に、既に後退した金利予想が一段と下がるケースもありうる。株式市場のバリュエーションは、かなり割高になっており、企業収益は伸びていない。株式市場が急激な調整に見舞わられたとしたら、金利市場は、FRBの引き締めが極端に遅いペースとなるとの見方から、FRBが全く利上げを行わないとの見方、あるいはFRBが針路を反転して緩和政策に転換する可能性さえも織り込み始めかねない。万一そうなった場合、貴金属は、価格が跳ね上がり、その中で金利との負の相関関係が最も強く影響を受けやすい金は上昇のけん引役を担う可能性は高いだろう。
貴金属価格が上昇しない最後の理由は、金と銀の鉱山供給は減速しているものの、引き続き増加していることが一つにある。FF金利の動向は、金と銀の日々の取引を左右しているとはいえ、鉱山供給の変動は、年々強い影響力を行使し、2017年の鉱山供給は、両方の貴金属にとって史上最高に達する見通しで、これは価格には好材料とはいえない。さらに、鉱山供給は、増え続ける可能性もある。金鉱山の採算ラインは、1オンス818ドル(1オンス630ドルが操業コスト + 同188ドルが間接費)である。1オンス1,300ドルであれば、平均59%の利益率となる。銀の総キャッシュコスト + 生産の設備投資費は、2016年の平均が1オンス11.38ドルであった。銀は1オンス17.50ドル近辺で推移していることを勘案すると、銀鉱山会社の営業利益率は金生産者に匹敵する。鉱山がこのように利益が出ていることを考えると、追加投資に拍車がかかり、結果的に供給がさらに拡大する可能性があり、長期的には価格に下落圧力がかかることが予想される。
唯一の例外がプラチナである。プラチナの産出コストは、平均1オンス974ドル程度で、プラチナの現在の価格前後である。過去10年間でそれぞれ27%、33%と増加した金と銀の鉱山供給と大きく対照的に、プラチナの鉱山供給は、10年前に比べて約8%減少した。残念ながらプラチナについては、自動車と電子部品向けの需要は軟化している。2007年に自動車の触媒コンバーターに使用されたプラチナは4,109トンであったのに対し、2016年は3,286トンにとどまった。同じ期間において、プラチナの電子部品用途の需要は、397トンから148トンに、ガラス用途は431トンから291トンに縮小した。また、石油業界もプラチナをわずかながら使用しており、過去10年間で需要は20%減退した。個人投資家による投資、宝飾品、その他の工業用途の伸びは、自動車、電子部品、ガラス、石油業界からの需要減を吸収するに不十分である。そのため、鉱山供給は、金や銀の価格ほど、プラチナ価格の決定に影響を及ぼしていない。
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Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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