金(ゴールド)の値動きが荒い。金価格は、2000~11年に1トロイオンスあたり280ドルから1900ドル周辺まで上昇し、2015年に1050ドルまで押し戻されるも、現在は1300ドル近辺で取引されている。中国人民元(CNH)建ての金相場も米ドル建て(USD)と大局的に似たような形の動きである。CNH建てでみると、金価格は2001~11年に2000CNHから1万2000CNHまで上昇し、2015年に7000CNHまで押し戻されるも、現在は9000CNH近辺で取引されている(図1)。この相場推移の類似が物語るのは、過去20年にわたりCNHの対USDレートが約25%の範囲にとどまり、安定していたことだ。
この間、金相場には主に4つの変動要因があった。
では、中国が金相場に与える影響からみてみよう。中国人からすると、金は2000年来、素晴らしい投資先である。だが、大半の通貨と比べてみればCNH建ては、それほど好調ではない。2005年から2013年にかけてCNHの対USDレートが37%高くなったからだ。ただし、2013年以降、CNHの対USDレートは約10%安くなった。これは中国の金投資家に、わずかながら追い風を加えている。
中国の経済成長は2001年から2011年にかけて大半のコモディティ価格を押し上げた。逆に2011年以降、中国の成長鈍化が大半のコモディティ相場にとって弱気要因となっている。ところが、奇妙なことに、金価格は総じて2001~11年のコモディティ価格上昇と、2011年以降の下落に追随しているにもかかわらず、中国経済の変化とは逆相関を示しているのだ。小麦・銅・アルミニウム・白金・大豆油・原油など多くのコモディティには、李克強指数(電力消費・銀行融資残高・鉄道貨物輸送量に焦点を当てた、狭いながら有用な中国経済指標)や公式国内総生産(GDP)と強い正の相関がみられる。一方、金は2005年以降、生産の伸びを示す中国両経済指標と負の相関をみせている数少ないコモディティのひとつである(図2)。中国経済の力強い成長は概して金に弱気要因となり、またその逆もしかりとなっているのだ(図3)。
2010年から2017年半ばまで金とCNH・USDとの関係は単純だった。CNHもUSDも強くなると、金にとって明らかに弱気要因となったからだ。事実、2011年に天井を付けて以降の金の弱気相場をUSDと貿易加重CNH(訳注:人民元の名目実効為替レート)の上昇が、ほとんど説明している。ところが、2017年以降、興味深いことが起こった。金はUSDとさらに負の相関を持つようになったのに対し、貿易加重CNHとは正の相関を持つようになったのだ(図4)。つまり、特にCNHが安くなった2018年4‐6月期と7‐9月期(米中貿易戦争の初期段階)に金需要が減退したようにみえる。そして、同年10‐12月期以降のCNH高が金の買値を押し上げた可能性があるのだ。したがって、貿易紛争に何かしら前向きな決着があれば、CNHにとっても金にとっても強気要因となるかもしれない。ただし、USDとCNHの乖離がさらに広がることは金相場に大きな影響を与えるだろう。それはUSDまたはCNHの観点から非常に異なるものとなりそうだ。
貿易戦争がCNHと金の相関性を変えていることに加え、投資家は米中両国の財政状態にも細心の注意を払うべきである。両国とも高水準の債務を抱えており、公的部門と民間部門の負債は合わせて対GDP比250%周辺にまで積み上がっている。中国は最近、減税を実施し、金融政策を緩和させた。これは、さらなる債務の創造をうながした可能性がある。短期的な成長には追い風となるが、長期的にはおそらく弊害となるだろう。対して米国は、財政赤字を過去2年でGDPの2.2%から4.5%に急増させた。通常、赤字の増加はブルームバーグドル指数から測定されるように、USDにとって弱気要因である。そして、ドル安は金にとってかなりの強気要因となる可能性がある(図5)。
赤字拡大にもかかわらず、ドル安が始まらないのを不思議に思うかもしれない。2017~18年に減税と支出増で財政赤字を拡大したことで、米国の成長が3%近く押し上げられたからだ。これは米国と他国との間に成長のギャップを生み、一時的にドルの支持要因となった。もちろん、それは金相場の支持要因とならず、1350ドルで頭を抑えられる形となった。しかし、米国の拡張的な財政政策による成長促進は、おそらく効き目が切れたと思われる。
米国の拡張的な財政政策と続く成長促進は、それがなければ、それほどではなかったかもしれないほど、米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締め策を大いに勇気づけた。2016年の米大統領選以降、FRBは8度にわたりフェドファンド金利(FF金利)の引き上げを実施した。それは金にとって大きな逆風となった。日々の変動で金価格とFRBの利上げ見通しには通常、負の相関がある(図6)。
2018年10-12月期の米国株下落とその余波は金の強気要因となった。FRBの追加利上げ停止は、金利を生まない価値保存の手段である金にとって、すばらしい強材料である。しかも、FF金利先物では最近、FRBが来年または2年以内に大胆な緩和策に踏み切る見通しに値を付け始めた(図7)。FRBが利下げを実現すれば、これは金にとってかなりの強気要因となり得る。ただし、FRBが利下げを断固拒否すれば、金投資家は利益を得られないかもしれない。対して、中国人民銀行(PBC)は非常に異なった政策を進めている。FRBとは異なり、何年も引き締め策をしていない。それどころか、積極的に緩和策をとっているのだ。ただし、利下げをとおしてではなく、支払準備率のほうを引き下げて、さらなる信用創造を促している。金利は低水準に据え置いたままだ(図8)。
金とCNY・USDとの相関が乖離しているのは、おそらく最近の米中金融政策が乖離しているのと深い関係があるだろう。中国の金融緩和は、貿易戦争の悪影響への対策と思われる。
今のところCNHとUSDの為替レートに大きな動きはなさそうだ。しかし、2020年代に入ると、そのボラティリティが増加する可能性がある。中国経済は人口統計学的にかなり大きな逆風に直面している。現在から2030年にかけて就業年齢人口が減少するのに加え、農村から都市への人口移動が減速するからだ。しかも、極めて高水準の債務にも直面している。CNH切り下げの誘惑が増しているといえる。米国が景気後退に陥った場合、FRBはゼロ金利を復活させ、財政赤字が激増して、USDは安値に引きずり込まれる可能性がある。CNH/USDレートに大きな動きがあれば、金投資のリターンは通貨建てによって大きく異なることがあり得る。
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Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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