3カ月前、アベノミクスが日本経済にもたらした影響について検討した。日本経済は全般的に好調である。難癖をつける余地はあるものの、安倍晋三首相は、2012年終盤に政権を樹立して以来、日本は、1980年台以来の最長の成長持続を果たしている。失業率は、1990年台初頭以来の低水準まで下がり、インフレ率は小幅なプラスに転換した。すべてがバラ色というわけではない。政府は以前よりも少なくなっているが相当な財政赤字をいまだ抱えており、債務水準は依然として膨大な額に達し安定している。
当然のことながら、日本の主要株価指数である東証株価指数(TOPIX)と日経平均株価は、輝かしいパフォーマンスをみせた。安倍首相が2012年終盤に内閣を発足させて以来のリターンはTOPIXが180%、日経平均株価が195%に達した。比較してみると、S&P 500®指数の同期間のリターンは110%にとどまっている。
日本株が上昇してさらに米国株を上回るリターンをあげた一因は、日銀による大規模な量的緩和(QE)である日銀による量的緩和プログラムを見ると、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)(図1)の量的緩和の規模が小さく見えるばかりか、日銀は上場投資信託(ETF)の年間5,000億ドル超の買い入れも行っている。これは、単に債券商品の購入プログラムを続けたECBとFRBとは大きく異なる点である。
株式相場を直接押し上げたのに加えて、日銀の量的緩和プログラムは、間接的に円安で株式相場を押し上げた。安倍首相が政権をとって以来、円は対ドルで30%(JPYUSD)、対ユーロでは25%、対人民元では28%それぞれ下落した。これはデフレから脱却して経済成長を活性化するのに役立っただけではなく、日本企業は、競争力が高まり、円安の観点からみて海外の利益や資産の価値が上昇した。JPYUSDは、安倍政権が発足した当時から、過去5年間においてTOPIXと負の相関関係を示した。(図2)。
ほぼあらゆる尺度でみても、日本株は、米国株よりも割高ではない。TOPIXと日経平均株価は、S&P 500®指数やダウジョーンズ工業株価平均(DJIA)よりも株式益回り(株価収益率の逆数)が高い(図4)。また、日本株は、株価売上高倍率(図5)と株価純資産倍率(図6)がかなり低い水準で推移している。配当利回りのみ、米国株よりも割高になっており、それでも大幅というほとでもない(図7)。
とはいえ、国際間での株式のバリュエーション比較は、セクター構成の相違と金利差という2つの理由から一筋縄ではいかない。第一に、株価指数の構成セクターは、日本と米国のでは大きな相違がある(表1)。TOPIXは、資本財、一般消費財・サービス、通信の構成比がS&P 500指数よりもかなり高い。対して、S&P 500指数は、情報技術(IT)とヘルスケアへの集中度がかなり高い。急成長中のITやヘルスケアの各セクターへの集中度がかなり高いのは、S&P 500®指数が、益回り、株価売上倍率、株価資産倍率が高くなっている理由を大部分説明できる。
Sector | Topix | Nikkei | S&P 500 | Dow Jones |
---|---|---|---|---|
Industrials | 22.8% | 22.9% | 10.3% | 23.6% |
Cons. Disc. | 19.5% | 19.7% | 12.3% | 14.7% |
Financials | 12.4% | 2.9% | 14.6% | 16.1% |
IT | 12.3% | 17.3% | 24.2% | 17.2% |
Cons. Staples | 8.5% | 9.2% | 8.0% | 6.5% |
Materials | 7.6% | 8.3% | 3.0% | 2.1% |
Health Care | 6.6% | 9.5% | 13.8% | 12.5% |
Telecom | 4.6% | 7.2% | 2.0% | 1.4% |
Real Estate | 3.0% | 2.3% | 2.8% | 0.0% |
Utilities | 1.5% | 0.2% | 2.8% | 0,0% |
Energy | 1.1% | 0.5% | 6.2% | 5.9% |
Source: Bloomberg Professional IMAP (TPX, NKY, SPX, INDU)
最後に金利の問題である。理論上では、日本では長期(30年物国債)利回りが0.85%で米30年物国債(約3%)の水準の3分の1未満にとどまっていることを踏まえると、日本株は、米国株よりも倍率が大幅に高く推移するはずである。ただ、太平洋の両岸での認識を超えて量的緩和により債券相場がゆがめられており、世界中の投資家にとって将来の利益を割引する場合にどの種の金利を用いるかを見極めるのは困難である。日本について明確なことは、万一バブルが発生しているとしたら、日本株ではなくおそらく日本国債であろう。
時価総額加重平均のTOPIX指数と株価平均型の日経平均株価は、互いに全く一致しておらず、金融株の構成比の相違を中心に業種平均が異なることで、その乖離が説明される。日経平均株価とTOPIXは、相関係数がかなり高い。通常は0.95を超えている。
日銀の量的緩和からの出口戦略(もしあるとすれば)は、日本株のダウンサイドリスクである。日銀が株式の購入規模を縮小したら、日本株は続伸できるのだろうか。日本の株式と経済の成長にとってもう一つの大きなダウンサイドリスクは、人民元、ドル、ユーロに対する円の急騰であろう。また、債務水準とフラットなイールドカーブを踏まえると中国の成長減速の可能性があり、これは、特に中国が自国通貨の切り下げを行った場合、日本の成長を阻害する要因になりかねない。最後に、世界各国の株価が調整すれば、日本株も打撃を受けかねず、日銀は、膨大なバランスシートを抱えており短期金利をマイナスに設定していることから、世界的に景気後退が起きた場合に、追加緩和をどう行えるかは不明である。
とはいえ、日本株にはアップサイドリスクもある。他のリサーチで指摘したように、米国は、2018年から2019年に景気後退に陥るとは考えにくく、これは日本にとって好材料である。また、先進国の債券利回りの低さを踏まえると機関投資家にとって他に明確な投資の代替先がないことから、株式市場は世界的に上昇相場が続く可能性がある。
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Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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