アベノミクス:5年後の未達成の課題

10月22日日曜日に実施された衆議院選挙では、自民党が60%を超える議席を獲得し、日本の有権者は安倍晋三首相率いる自民党政権を再び選んだ。今回の得票結果は、金融政策、財政政策、構造改革を通じて日本の景気回復を目指した安倍政権の「3本の矢」に対する支持だった。安倍首相の政策は、導入されてから5年が過ぎ、多少は実を結んでいる。名目GDPは、1990年代半ば、つまり日本の金融危機が1990年に始まって以来最長のプラス成長を維持し(図1)、失業率は1994年以来の低水準まで下がっている(図2)。安倍政権の3期目のアジェンダは、世界第3位の経済大国である日本が軍事力を増強して、中国や北朝鮮への対抗を含め、地域の安全保障問題により積極的は役割を果たせるようになる憲法改正を目指しているようだ。日本は、日本銀行による量的緩和などの経済政策を継続するとみられる。

図1: 名目GDPの成長は債務を低く抑えるために不可欠である

名目GDPの成長は債務を低く抑えるために不可欠である

図2: 失業率は23年ぶりの低水準

失業率は23年ぶりの低水準

日本経済は、安倍首相が就任して以来回復しているとはいえ、すべてがバラ色というわけではない。まず、日本の景気は、2015年初頭から減速基調をたどっており、日銀によるマイナス短期金利の実験は成功していないようにみえる。それどころか、2016年2月には、銀行システムへの実質的な課税として作用するマイナス金利を導入したことから、経済成長は加速しないでむしろ鈍化している可能性がある。さらに、マイナス金利の導入により2016年に円安局面が止まり(図3)、このため輸出の伸びが落ち込み、インフレ率のプラス圏への転換が遅れるかもしれない。円は、選挙結果が日曜日に判明してからわずかに下落しているが、円が持続的な下落トレンドをたどれば日本の輸出を押し上げると予想される。

マイナス金利は、円の下落を食い止めたばかりか、既にかろうじてプラス圏で推移していた日本のインフレ率の勢いを止めた(図4)。堅調な実質(インフレ調整後)経済成長率に加えて、インフレ率のプラス基調の定着は、日本の膨れ上がった公的・民間債務負担を抑えるのに不可欠である。

図3: USDJPYはマイナス金利導入までは「適切な」方向に動いていた

USDJPYはマイナス金利導入までは「適切な」方向に動いていた

図4: 安倍首相が最初に政権をとった2012年にインフレ率はプラスに浮上したが、その後失速した

 安倍首相が最初に政権をとった2012年にインフレ率はプラスに浮上したが、その後失速した

2013~2014年のインフレ率の一時的な上昇のうち半分程度は、安倍政権が消費税を5%から8%に引き上げたことが要因にあるといえる。これは、所得税のサプライサイドの減少による財政への影響を吸収し、日本の巨額の財政赤字の縮小に寄与したことを意味する。政治的に不人気である8%から10%への2回目の消費増税は、先送りされたことが分かっており、安倍首相が就任した5年前に引き継いだ時点の公的部門の債務の対GDP比の8.7%から改善されたものの、債務は依然として対GDP比5.7%で推移している。

図5: 債務の対GDG比は今のところ安定しているが外的なショックにいまだ脆弱である

 債務の対GDG比は今のところ安定しているが外的なショックにいまだ脆弱である

多額の財政赤字を抱えて名目GDP成長率が鈍化しているなか、日本の債務の対GDP比は安定し始めている。安倍政権の当初の4年間において、政府債務残高の対GDP比は、196%から214%に跳ね上がった。過去5年間では、対GDP比213%で安定している。一方で、家計部門の債務は対GDP比63%から58%とわずかにレバレッジ解消が行われたものの、企業債務は対GDP比100%近辺での推移が続いている(図5)。これは、選挙キャンペーンの主要テーマではなかったものの、注視すべき重要な点は、8%から10%への消費税引き上げを再度試みるかどうかであろう。政府が増税増税に踏み切った場合、おそらく以下のように過去と同じような影響が及ぶことが予想される。

  1. 消費者が前倒しで購入するため、消費税引き上げ前の景気が底上げされる。
  2. 消費税引き上げ後に個人消費の低迷が6カ月程度続くが、その後弱まる。
  3. 消費税の1%の引き上げに対して約0.5%財政赤字が減少する

そうとはいえ、日本の債務水準はいまだ過剰である。これは、日本の金融危機が始まった1990年代の水準を対GDP比100%超上回っている。さらに、香港地域を除き、世界のどの国の水準をも上回っている(図6)。最終的に、債務比率の安定は良いニュースではあるものの、日本は以前もそういう状態にあった。債務水準が安定したのは、1992~1994年と、2000~2007年である。いずれも、債務水準は、外的ショック(1994~95年の円高局面、1997~98年のアジア危機、米国サブプライム危機と欧州の金融危機(2008~2012年)にさらされて上昇に転じた。

図6: 日本の債務水準を上回っているのは香港のみ

 日本の債務水準を上回っているのは香港のみ

目下、現時点で日本にとって良いニュースは、2007年以来初めて世界各国が同時プラス成長を果たしたことを踏まえると、好調な海外の状況の恩恵を受けている点である。そうした環境ではあるものの、中国は重大なリスク要因である。日本の輸出全体の25%は、中国や香港が仕向先であり、両国は莫大な債務が積み上がっている。また、中国は利回り曲線がフラットから逆イールドとなっており、これは2018年の減速を示唆している。  

日本の高い債務水準は、日銀がいずれマイナス預金金利政策の終焉に動いたとしても、短期金利の超低金利をさらに何年続けるかは国に委ねられる可能性が高い。これは、いずれにしても長期債の保有者にとっては良いニュースではない。現在、10年国債利回りは、約0.06%にとどまっており、10年米国債を2.30%以上下回っており、ドイツや英国の利回りさえも下回っている(図7)。

図7: 0.06%の利回りを勘案すると日本国債は質への逃避の恩恵をどう得られるのか

0.06%の利回りを勘案すると日本国債は質への逃避の恩恵をどう得られるのか

金利には低下余地がほとんどなく、利回り曲線はフラットであることを踏まえると、リスクが一様である場合、日本国債の保有者は、米国債保有者に比べて上昇の余地がほとんどないという状態になっている。そのため、日本国債のショートはほとんどコストがかからないため、一部のヘッジファンドは、日本国債のショートポジションと世界各国のロングポジションの構築に興味を示すこともあり得るさらに、残りの日本国債の国内保有者は、高い利回りを求めて海外投資に関心を持つかもしれない。

また、選挙キャンペーンでは主として、別の差し迫った課題、原子力発電が避けられていた。2011年に起きた福島原発の災害後、民主党政権は、発電電力量の20%以上を占める日本の原子力発電所をほぼすべての閉鎖した。この結果、原油と天然ガスの輸入は急増し、その当時の価格は共に、現在の水準よりもかなり高い。安倍政権は路線を転換し、より進歩的になり、原子力発電を一部復活させた。そのため、選挙で勝利して安倍政権が続いたことで、日本の化石燃料に対する需要は、今後数年間で小幅に減少すると思われるが、これは日本の交易条件にとっては良いことにだろうが、世界の原油と天然ガスにとってポジティブではない。そうとはいえ、日本は、依然として米国の液化天然ガス(LNG)輸出の潜在顧客である。

最後に、金融政策に関してまとめると、米連邦制度理事会(FRB)が保有バランスシートの段階的縮小、欧州中央銀行(ECB)が資産購入規模の縮小を進めるとしても、日銀は大胆な景気支援的な政策を継続する見通しである。日銀は、今後も10年国債の利回りをほぼゼロに誘導する一方で、日本の株式市場を直接支えるために株価指数連動型上場投資証券を控えめな数量で定期的に購入している。

図8:日銀は膨れ上がったバランスシートをさらに拡大している

日銀は膨れ上がったバランスシートをさらに拡大している

2018年末までには、日銀のバランスシートは、名目GDPの100%に達しかねない(図8)。そして、過去の政策を調整して、日銀は短期金利のマイナス金利政策から手を引くことが予想される。先に述べたように、日本国債利回りがほぼゼロに誘導されている状態とFRBやECBの政策との比較に基づくと、マイナス金利を終了すれば、円安に向く可能性がある。

要点:

  • 日本経済は、これまでの安倍政権の2期において大幅に回復した。
  • 消費増税によって、前倒し購入が増えることになるが、増税後に一時的に景気減速する見込みである。
  • 最近の景気回復にもかかわらず、日本の債務水準が高いため、おそらく国が長期にわたり長期金利を低く抑えるとみられる。
  • 日銀が預金金利をマイナスからゼロに戻せば、円が下落する可能性がある。
  • 日本国債には上昇余地がほとんどなく、キャリーのロールダウン効果もほぼなく、世界のどこよりも魅力に乏しい国債となっている。
  • 原子力発電への回帰が続けば、日本の財政赤字は制限され、原油と天然ガスの需要は軟化するものの、LNG輸出については日本はいまだ魅力的な市場となっている。

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著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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