日経225のスプレッド機会

  • 11 May 2016
  • By CME Group

CMEに上場する日経225の日本円建て先物と米ドル建て先物によるスプレッドは、上場する指数先物の中でも最も流動性が高い、通貨建て間スプレッド(クォント・スプレッド)市場といって、ほぼ間違いないでしょう。同市場の出来高は2006年の5倍にまで伸びています。2016年1-3月期には両商品の1日平均出来高が合計で10万枚を超えました(図表1)。出来高増の原動力となったのは、このスプレッドが異なる通貨建ての先物で構成されているという、分かりにくい性質です。実際のところ、為替変動と株価動向との相関が、この手のスプレッドに独特の取引機会を生んでいます。本稿では、この「通貨建て間」「相関トレード」の背景にある力学について紹介しましょう。

図表1 CME円建て・ドル建て日経225先物の出来高が増加傾向に

商品の概要

まずは、両商品の概要を確認するのが適当といえるでしょう(図表2)。両商品の最も大きな違いは、通貨建ての取引単位です。ドル建て先物が5ドル倍であるのに対し、円建て先物は500円倍となります。どちらも3月基準の四半期限月が、ほぼ24時間流動性のある電子取引プラットフォーム、CME Globex市場で継続的に取引されています。円建て先物には連続(シリアル)限月もありますが、あまり出来高がありません。

どちらの先物も最終的に同じ価格で決済されます。満期日に日経225を構成する銘柄の寄付値から計算される特別寄付値です。そのため、同じ満期日の円建て先物とドル建て先物は取引終了時には同じ価格に収束することになります。

図表2 日経225先物の取引要綱

  米ドル建て 日本円建て
取引単位 5ドル倍 500円倍
呼値の単位 5.00指数ポイント
最終決済値 当該月第2金曜日の日経225特別寄付値で差金決済
取引最終日 最終決済日前日の16時00分(米中部時間)
限月 4本の四半期限月 5本の四半期限月に加え3本の連続限月
取引手段・時間 CME Globex・月―金曜日の前日17時00分―16時00分(米中部時間)
建玉制限 円建てとドル建ての日経225先物で2万枚の買い越しもしくは売り越し

米ドルと日本円の相対価格

図表3は、円建て先物とドル建て先物の2015年3月から2016年3月までの4本にわたる期近(四半期限月)の値動きを示したものです。先ほど述べたように、両商品は満期時に同じ価格に収束することになります。両商品は通常、追跡する株式市場の評価を反映して共に上下するものの、その価格差を調べると(グラフ右軸)、ドル建て先物のほうが概して割高なのは誰の目にも明らかです。価格差が間違いなく存在しており、満期に近づくにつれてゼロに減少していくのです。価格差が持続しているのは、注文の流れによる一時的な不均衡というよりも、より根本的な何かを反映しているといえます。

この点について理解を深めるため、次の問題について考えてみましょう。円ドル(JPY/USD)為替レートと日経225に相関があるとすれば、市場参加者は円とドル、どちらでの支払いを好むでしょうか。

図表3 円建て・ドル建て日経225先物期近(四半期限月)の推移(2015年3月~2016年3月)

ドル建て日経225先物は、円建て日経225先物よりも割高で取引されていた。点線は価格差を示しており、時間の経過とともに減少している。

まず、円ドル為替レートと日経225に正の相関があると仮定してみます。その場合、ドル建て先物よりも円建て先物での買いが好まれるでしょう。これはある程度、直感的に理解できます。日経225が上昇すれば、円ドル為替レートの上昇(円高)で買い玉の利益が増強されると考えられるからです。一方、日経225が下落すれば、損失は円ドル為替レートの下落(円安)で緩和されます。したがって、円建て先物は、ドル建て先物にプレミアム(割増分)が乗って取引されるはずです1

逆に、円ドルレートと日経225に負の相関があると仮定してみます。その場合、円建て先物よりも、むしろドル建て先物での買いが好まれるでしょう。これはある程度、理にかなっています。日経225が上昇すれば、円建て先物の買い玉に乗った利益は円ドル為替レートの下落(円安)で損なわれるからです。一方、日経225が下落すれば、円建て先物の買い玉に出た損失は円ドル為替レートの上昇(円高)で拡大してしまいます。したがって、ドル建て先物は、円建て先物にプレミアムが乗って取引されるはずです。

そして、よくみられる現象は、後者のシナリオでした。つまり、円ドル為替レートの上昇(円高)と日本株の下落が同時に起こります。そのため、一般的にドル建て先物にはプレミアムが乗って取引されているのです。

スプレッドを解剖する

次のトレードについて考えてみましょう。ドル建て先物を「I$」で1枚売り、円建て先物を「I¥」で「Δ」枚買ったとします。また、日経225先物の最終決済値と「Ī」とします。さらに、日経225先物満期時の円ドル直物為替レートを「x̄」とします2

満期時の損益(P/L)は、米ドル建てだと、次のように表せるでしょう。

ここで便宜的な処置として、スプレッド比の「Δ」が「1 / 100x」に等しいとします。ここの「x」はトレードを仕掛けた時点の円ドル直物為替レートです3。すると、損益(P/L)は次のように簡略化できます。

先物が「適正価格」で値付けされていた場合、損益の期待値はゼロとなるはずです。その場合を、この式に当てはめてみましょう。すると、両先物による相対価格は次のようになるはずです。

この式を詳しく見ていきましょう。左辺は、円建て先物とドル建て先物によるスプレッドのプレミアムもしくはディスカウント(割引分)の割合です。右辺は、円ドル為替レートの変化率と円建て先物の変化率による共分散を表しています。この簡略化された計算式は、先ほどの前提を形式化したものです。もし円ドル為替レートと日経225に正の相関があれば、円建て先物は、ドル建て先物にプレミアムが乗って評価されるはずです。

この式は、すでに非常に小さくまとめられています。しかし、次の表記法をとると、さらにまとめられます。先物満期日までの期間を「T」とし、為替レートと株価指数の年率ボラティリティをそれぞれ「σᴇ」と「σI」とします。そして、為替レートと株価指数の相関を「ρ」とします。すると、円建て先物とドル建て先物のスプレッド(通貨建て間スプレッド)のプレミアムは、次のように表せるでしょう。

プレミアムの決定要因

この式には、両先物間のプレミアムを決定する3つの主な要因とその関係が反映されています。

  1. 相関:為替変動と株価変動の間に系統だった連動がなければ、ある通貨建てを別の通貨建てよりも好む理由がありません。
  2. 歴史的に円高と日本株には逆の関係がありました。今後もそのような相関が期待されるため、ドル建て日経225先物は、ほぼ常に円建て日経225先物にプレミアムが乗って取引されています。図表3が示しているのは、連続4本の四半期限月をとおしてのドル建て先物のプレミアムです。
  3. ボラティリティ:相関がプレミアムに何かしらの影響を与える材料となるならば、為替レートでも株価でも少なくとも何らかの動きを実際にみせなければなりません。図表3に、その傾向が示されています。日経225先物の大幅急落とボラティリティの急増は一致しますし、同時にスプレッドが拡大する傾向がありました。
  4. 時間:要因が相関であれボラティリティであれ、その決定には時間の経過を必要とします。図表3は、プレミアムにタイムディケイ(訳注:時間の経過とともに価値が減少する)の要素があると示しています。

通貨建て間スプレッドの大きさを見るうえで、おそらく最も簡単なのは、四半期限月の乗り換えがある期間に注目することでしょう。具体的には、円建て先物とドル建て先物の限月間スプレッドに基づいて比較するのが便利です。図表4は過去15回にわたる限月乗換期間での通貨建て間スプレッドの平均をまとめたものです。

図表4 限月乗換期間の円建て先物とドル建て先物の限月間スプレッドに基づいた日経225先物の通貨建て間スプレッド

乗換期間 平均スプレッド(差分) 平均スプレッド(対円建て先物満期比) 平均インプライド相関 3カ月間の通貨の平均インプライド・ボラティリティ 3カ月間の日経225の平均インプライド・ボラティリティ
16年3月 96.25 0.572% 85.99 10.94 24.42
15年12月 74.18 0.380% 105.41 7.64 18.97
15年9月 97.12 0.536% 74.75 10.43 27.61
15年6月 57.66 0.284% 76.51 8.79 17.02
15年3月 71.06 0.378% 86.42 9.46 18.56
14年12月 117.50 0.670% 99.84 11.76 23.12
14年9月 41.11 0.261% 87.29 7.65 15.72
14年6月 44.06 0.293% 104.30 6.08 18.51
14年3月 80.04 0.532% 105.96 8.56 23.47
13年12月 95.35 0.613% 89.16 10.24 26.88
13年9月 130.68 0.906% 111.76 12.13 26.70
13年6月 163.58 1.253% 115.28 14.10 31.05
13年3月 95.60 0.804% 117.30 11.74 23.45
12年12月 24.00 0.250% 65.38 8.58 17.75
12年9月 21.94 0.249% 79.13 7.16 17.57

出所:ブルームバーグ、CMEグループ

 

通貨建て間スプレッドの差分は、円建て先物とドル建て先物の四半期限月1番限と2番限の指数ポイントから見た限月間スプレッドの差です。ドル建て先物は常に円建て先物よりも割高で取引されていました。例えば、2016年3月の96.25指数ポイントは、2016年3月から同年6月満期までの3カ月間にわたり円建て先物に上乗せされているドル建て先物のプレミアムとなります。その大きさは2016年3月の場合、円建て先物が満期になったときと比べて0.572%です。

表右側の2列は、3ヵ月間の為替レートの変動から逆算されたインプライド・ボラティリティと3ヵ月間の日経225の変動から逆算されたインプライド・ボラティリティを示しています。予想どおり、通貨建て間スプレッドの大きさとだけでなく、お互いにも相関がありました。

表中央のインプライド相関は、プレミアムの大きさと両インプライド・ボラティリティとの比です。為替レートと日経225とのインプライド相関が日常的に100%を超える可能性があり、実際にそうなっているのは興味深いといえます。これはおそらく、ドル建て先物の利用者が、その特徴を得るために「適正価値」を超える額を喜んで払うほど、ドル建ての金額で評価している現れといえるでしょう。

スプレッド取引の仕組み

スプレッド取引の具体例をみてみましょう。円建て日経225先物を250枚買い、ドル建て日経225先物を適当な枚数売り、スプレッド取引を執行するとします。また、限月の満期まで3カ月あり、ドル建て先物が円建て先物に40指数ポイント上乗せされたプレミアムで取引されていると仮定しましょう。さらに、為替レートは1ドル=107円、つまり1円=0.009345ドルとします。この最後の仮定から示唆されるのは適切なスプレッド比が1対1.07であることです。したがって、ドル建て先物を234枚売れるでしょう。

翌日、円建て先物とドル建て先物がともに100指数ポイント上昇したとします。スプレッドは40指数ポイントで変わりません。値洗いをすると次のようになります。

ここで、当日の間に円高があり、円の証拠金への流入額がドルの証拠金からの支払額をドル価値的に上回ったとしましょう。通貨取引で、この利益を確保しようと考えるかもしれません。例えば、流入した円を売ってドルにして、ドルの証拠金からの支払にあてたうえで残りを留保するのです。

続いて、為替レートが変動したのでスプレッド比を調整する必要があります。しかし、この調整は小さいものとなりやすいです。例えば、為替レートが1%変動すると、スプレッド比に1%の変化が求められるでしょう。それは、この例では2~3枚となります。

ここで、上記のスプレッド計算式を思い出してください。通貨建て間スプレッドの累積損益は、単に為替レートと日経225の変動が日々生み出したものの蓄積にすぎないと示唆しています。この点を背景に、この例で表現されているのは、スプレッド取引の収益は本質的に、この日々の蓄積過程と満期までのスプレッド収束がせめぎあった結果が反映されていることです。

為替レートによる損益

多くの市場参加者にとって、上記の例のように、為替損益を確定するために日々、通貨取引を実行するのは非現実的であり、実現不可能でしょう。このような場合、先物が満期になって単一通貨での取引になるまで、異なる2通貨での損益を持ち越さざるを得ないかもしれません。

そうであれば、スプレッド比を若干調整するのが望ましいかもしれません。その理由を理解するため、日々の損益の仕組みに立ち戻って考えてみましょう。

日経225先物のその日の変化を「δ1」とします。そして、ドルと円の連続複利をそれぞれ「r$」「r¥」とします。さらに、通貨建て間スプレッドには変化がなかったとします。値洗いによる利益をドルに瞬時に替える代わりに、先物の満期まで利益を持ち越したらどうなるでしょうか。その日の損益が満期時に実現するので、次のように表せるでしょう。

よく見てみると、相対的な金利が主な原因でスプレッド比の調整が必要になると分かります。

これは現在の円ドル為替レートを示す「x」があるところです。都合の良いことに、この複雑な分母の項「xe(r¥ - r$)T」はCMEの日本円先物価格とかなり近似しています。通貨先物の満期は通常、当該月第3水曜日の前にある月曜日です。日経225先物の満期から数日後となります。この最後の数日に、スプレッド取引の最終損益を計上するときに伴う直物為替取引を実現させる時間が十分にあるといえるでしょう。

上記の例では、日経225先物のポジション250枚が100指数ポイント動くと、1250万円の値洗い損益が生じます。これは便利な数字です。CMEの標準型日本円通貨先物1枚の取引金額がちょうど1250万円だからです。日経225先物が1日の間に100指数ポイント動くのは珍しくありません。したがって、直物・現物通貨取引の代替手段として、露出したリスクを通貨先物で都合良くヘッジできるかもしれないのです。

当社日経225関連商品についての詳細はcmegroup.com/nikkeiをご覧ください。

 

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。本レポートに記載されている見解は、著者個人のものであり、必ずしもCME Groupおよび関連機関の見解ではありません。本レポートおよびその内容を投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。


1 ここで肝要なのは、担保として当初証拠金を差し入れることで、レバレッジをかけて先物の買い玉や売り玉を建てられることです。その証拠金は、米ドル建ての現金や証券の形で差し入れられますし、日本円建ての現金や証券、あるいは別の通貨でも差し入れられます。つまり、米ドル圏に居住のトレーダーは、実際に日本円を差し入れなくても、円建て日経225先物で買い建てができるのです。ただし、円建て日経225先物の建玉後に生じる損益は、日本円で表示されます。

2 通常、日本円と米ドルの為替レートは、1ドル=何円の形で表示されます。これを「ドル円(USD-JPY)為替レート」と呼ぶのが一般的です。しかし、ここでは米ドル基準のトレーダーに便利なよう、1円=何ドルという“米国通貨建て”で表示することにしました。これは「円ドル(JPY-USD)為替レート」と呼ばれています。しかも、これはCME日本円通貨先物(1円=何ドルで表示される)をヘッジ手段として、どのように利用できるか論じるときのお膳立てとなるのです。通常の銀行間為替レートを使ったとしても同じ結論となるでしょう。

3 このスプレッド比は両先物の取引金額が同じになるように設計されています。


CME グループについて

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