前回のレポートでVIX-指数と利回り曲線の循環サイクルについて論じた際、, それぞれの2年移動平均の循環的な関係と、1989年以来、このサイクルが3度も繰り返されていることを指摘した。実際には、これと非常に類似した関係が、利回り曲線とクレジット・スプレッド、特に「クレジット・スイス・ハイ・イールド債指数」と同等の米国債オプションで調整した(OAS)同指数のスプレッドの間にも存在する。VIX指数と利回り曲線の間にあるサイクルと同様に、このサイクルの概要も解説を要すると考えられる(図1)。そこで今回は、以下にその詳細を記すことにする。
4段階で展開するサイクル:その他の循環的な動きと同様に、サイクルの起点は任意である。そこで、経済循環の底を起点として、観察を始めていこう。
クレジット・スプレッドと利回り曲線はいずれも、日毎、月次などの時間軸で多少不安定な動向を見せるようになる。ただ、本稿で指摘したいのは、こうした市場動向の特定場面ではなく、全体的な状況である。従って、クレジット・スプレッドと利回り曲線の関係を観察する上で、両者を500日(2年)移動平均で標準化し、その結果をX軸とY軸を以った散布図に投影する。そしてその驚きの結果: ほとんど完全な反時計回りの動きとなっている。
ただ、VIX指数に比べて、クレジット・スプレッドに関する長期データが不足しているので、ここでは、1990年代半ばから2000年代半ば(図2)、そしてその後から現在まで(図3)、2つのフル・サイクルを見ていくことにする。現状の経済環境は、景気拡大の中期から晩期にあると考えられる。
ここで、図2の解説を始める前に、背景を確認しておこう。1988年から1989年、利回り曲線は平坦だった一方、ジャンク債市場の崩壊とプライマリー・ディーラーだったドレクセル・ランバート社の破綻などを背景に、1980年代末のクレジット・スプレッドは爆発的に拡大した。1990年末までに米国経済は後退期入りし、クレジット市場の混乱は1991年末まで続くことになる。景気回復を図るため、FRB(米国中銀)は短期金利を、1989年の9.75%を1992年までに3%まで引き下げている。結果、1991年までに利回り曲線は非常にスティープな状況となり、クレジット・スプレッドは縮小し始める。
利回り曲線のスティープ化とクレジット・スプレッドの縮小は1993年を通じて続き、1994年2月、FRBは金融の引き締め始め、債券市場を驚愕させる。短期金利が3%から6%に引き上げられるなか、米国経済は1995年にソフトランディングに成功し、FRBは短期金利を5.25%に引き下げ、この水準を1997年まで維持する。
これが、図2の起点となっている。1996年までの段階で、クレジット・スプレッドは過去最大級の縮小を見せていた。同時に、利回り曲線は平坦化傾向ではあったものの、スティープさを残していた。1997年3月、FRBは政策金利を引き上げ、5.5%に設定する。そして、その直後、不都合な状況を示唆する最初のサインが示されることになる。1997年7月、タイ・バーツが米ドルとのペッグ(連動性)から下落し、中国以外のほとんどのアジア諸国に金融危機が急速に攪拌した。この動きは、1998年にロシアが債務不履行に陥り、同時に大手ヘッジファンド、LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)が破綻する事態となるに至って、最高潮を迎える。同年晩夏、FRBは政策金利を4.75%に引き下げ、景気の後退期入りを回避しようとする。ただ、その後、1998年秋に引き締めに転じたFRBは1999年6月にも一段の政策金利引き上げを実施し、同金利は2000年3月、6.5%に達することになる。この間、クレジット・スプレッドは相当な拡大を見せる。
2001年までの段階で、米国景気は(ITバブル崩壊に伴って)後退期入りし、企業の設備投資は大幅な低下を見せた。ナスダック100指数が80%超の下落となる一方、クレジット・スプレッドは非常な拡大を見せた。そんな中、FRBは2001年1月に政策金利の引き下げを開始し、同金利は同年11月に1.75%まで低下する。政策金利はさらに、2002年末に1.25%、2003年6月には1%まで引き下げられる。政策金利の劇的な引き下げによって、緩慢ではあるものの個人支出は拡大し、低金利を背景に住宅市場は活気づいた。景気後退は、国内総生産(GDP)を構成する企業の設備投資部門に限定されたのである。
2001年末までの段階で、利回り曲線はスティープ化しており、その後の3年間、その状況が続く。2003年春、クレジット・スプレッドは縮小し始め、2004年には相当な縮小に至る。クレジット・スプレッドは縮小、株式市場は平静推移、景気は継続的拡大、さらに、失業率は低下し続けた。そして2004年6月、FRBは金融引き締めに転じ、政策金利は2006年6月、5.25%に達する。
同年末までには、利回り曲線は平坦化し、クレジット・スプレッドは縮小した水準となっていた。だた、こうした状況は、長続きしなかった。金融危機の最初の示唆が現れたのは2007年2月で、住宅市場のサブプライム・ローンに関する懸念が、一部投資家から聞かれる状況となった。2007年7月、8月、クレジット・スプレッドは急拡大し、最終的に、1990年や2001年に記録した水準を大幅に上回る水準に達する。掲載しているクレジット・スプレッド‐利回り曲線のグラフは、底から鋭い右回りの動きを始め、迫り来る景気拡大の終焉を示唆している。FRBの緩和政策は当初、緩慢なものだった。しかし、その後は加速的になり、政策金利は2008年末、0.125%まで低下する。
そして、FRBの政策金利引き下げは功を奏する。2009年までに、利回り曲線はスティープ化し、同年3月にはクレジット・スプレッドが縮小し始め、スプレッドは2011年までに相当なタイト化を果たすことになる。しかしながら、以来、いくつかの要因によって、クレジット・スプレッド‐利回り曲線のサイクルは、前回ほどスムーズなものではなくなっている。
背景となっている要因には、例えば、3度にわたって実施された量的緩和(QE)によって利回り曲線が影響を受けたことが指摘できる。政策金利の引き下げ余地がなくなったことで、FRBは利回り曲線の長期の時間帯で、国債の購入を開始したのである。これによって、QEが実施され無かった場合に比べ、利回り曲線のスティープ度は低下したと考えられる。ただ、実際には、QEが景気回復に寄与したことを明確に証明する事例は示されていない。2012年初め、FRBは3度目のQEを導入したが、経済の拡大スピードは加速しなかった。一方で、利回り曲線は平坦化したし、クレジット・スプレッドは、少なくとものその時点では、縮小傾向を停止している。一方で2013年5月、FRBが第3次QEの将来的な終了を宣言すると、クレジット・スプレッドは縮小傾向を再開し、2014年末までに相当な縮小幅を達成している。
2015年には、原油価格がバレル当たり90ドルから50ドル、さらに2016年2月までに26ドルまで下落したことを受けて、クレジット・スプレッドは大幅な拡大を見せる。この間、FRBは勇気を振り絞って2015年12月、政策金利を引き上げている。ただ、これによる利回り曲線への影響は皆無だったと言える。
一方、2016年末までに、原油価格は回復を見せる。エネルギー・セクターにおけるクレジット(与信)崩壊懸念は、杞憂となった。スプレッドが再び縮小傾向を見せる中、FRBは2016年12月に1度、2017年の現在までに2度の政策金利引き上げを実施するなど、利上げペースを加速している。さらに、FRBはQEの巻き戻しを開始し、自身のバランスシート縮小を始めている。また、2017年については、12月に年内3度目の政策金利引き上げが見込まれている。こうした背景によって、利回り曲線はある程度まで平坦化する結果となっており、クレジット・スプレッド‐利回り曲線のサイクルとしては現在、2005年の時点に類似した状況となっている。ただ、両者の間には、重要な違いも存在する。
現状には、2005年当時ほど明確な経済的不調和が存在しないのである。例えば現状、住宅バブルを指摘することは難しい。もちろん、S&P500指数は2009年3月の666ポイントから、昨今の2600ポイントまで上昇している。ただ、これを以て株式市場がバブル化しているとするのには無理がある。一方で、現状の株価が割高であることを示す指標がいくつか存在する。ただ、企業の将来的収益を割り引く際に用いられる長期金利は、低水準となっている。その意味では、債券との比較において、株式が割高であるとは言い切れない。市場には、ビットコインなどの仮想通貨こそはバブル状態であるとする指摘がある。しかし、現状、こうした通貨の時価総額は2500億ドルから3000億ドル程度であり、市場の選好が明日、終焉したとしても、それによって世界経済が被る影響は限定的であると考えられる。
マクロ経済的な視点では、米国の失業率が、過去50年でも低水準と言える4.1%まで低下していることが挙げられる。そうした状況であっても賃金の上昇圧力は乏しく、消費者物価ベースからも、市場期待からも、インフレ圧力では精彩を欠く状況が続いている。
こうした背景は、FRBの次の一手を予想しにくいものにしている。2018年、そして2019年、FRBは自動的に75ベーシスポイントの利上げを繰り返すのだろうか?FOMC(連邦公開市場委員会)のドットプロットによれば、FRBはそうした見通しを示している。実際にそうなるとすれば、2018年末、または2019年のどこかの時点までに利回り曲線は平坦化し、クレジット・スプレッドの爆発的な拡大と、2020年か2021年頃に、米国景気は景気後退に突入すると予想される。
ただ、現状では、市場がこのシナリオに信ぴょう性を感じている気配はない。また、短期金利市場は現状、もう1度の利上げを2017年に予想しており、政策金利で1.25%から1.50%を織り込んで推移している。さらに、2018年、2019年については、100%の確率で、少なくとも1回の政策金利引き上げが予想されている。もしも、市場の予想が正しくてドットプロットが間違っているとすれば、利回り曲線は適切なスティープさを維持し、「クレジット・スイス・ハイ・イールドOAS指数」で考えれば、およそ100ベーシスポイントかそれ以上、クレジット・スプレッドの拡大をけん制することになると考えられる。そうなると、2018年、2019年はもちろん、2020年代に突入しても景気の拡大は続き、失業率は1968年に記録した3.2%の低水準まで低下する可能性がある。壊れていないなら手を付けるな!
さらに、FRBのトップ人事の多くが刷新されることを考慮すれば、現在のドット・プロットにはあまり意味がないのかもしれない。ジャネット・イエレン議長の路線を引き継ぐと見られているジェローム・パウェル新FRB議長ではあるものの、新議長を取り巻くFOMCの委員たちの多くは入れ替えが予定されている。新体制となるFOMCは、これまでと同様に、杓子定規な引き締めを続け、不必要であり、正当化できないクレジット・スプレッドの拡大と景気後退を招くことになるのだろうか?それとも、緩和的な状況から移行する前に、景気をもう一段、飛躍的に拡大させるのだろうか?
また、FRBがQEの巻き戻しを進めていることは、クレジット・スプレッドの動向にどの様な影響を及ぼすのだろうか?結局のところ、与信(クレジット)市場は、その最中というよりも、第3次のQEが実行される前後に、自らの力で立ち直ったのであり、これに関してQEの明確な貢献を指摘するのは難しい。バランスシートの縮小は、クレジット・スプレッドを拡大させるのか?それとも、利回り曲線のスティープ化に貢献し、スプレッドの縮小を促すのか?こうした疑問には答えは見つからないが、今後の展開は興味深いものとなる。また、最終的には、こうした疑問の答えを見分けるもの難しいと思われる。
いずれにしろ、クレジット・スプレッドの爆発的な拡大は、いずれ発生する。そして、発生した場合に備えて、ハイ・イールド債の投資家にはヘッジ手段が必要となる。これを主題とした前回のリポートでは、ハイ・イールド債と株価指数のドローダウンが、多くの場合、同時発生することを指摘した(図5)。債券をヘッジするために株価指数先物を売るのは、苦痛を伴うトレードとなる。ただ、クレジット・スプレッドが縮小している段階では、ハイ・イールド債の収益可能性が限定的なのも事実である。一方、10年間の強気相場の最後を飾る上昇を見せるかもしれない株価については、条件が全く異なる。この非相称は基本的に、社債がその会社の負債に関するプット・オプションの売りであるのに対して、株式がコール・オプションの買いであることに由来する。プットの売り手にとっての最大収益はオプションのプレミアムであり、ここでは、社債の元本とクーポン収入になる。反対に、コールの買いにおける収益可能性は、理論的に、無限大である。
これを理解したところで、ハイ・イールド債と株価の過去のドローダウンが、多くの場合で同時発生している事実を考えてみよう。タイミングを間違えなければ、ハイ・イールド債のクレジット・リスクを先物でヘッジすることで、ポートフォリオ全体のリスクを軽減することが出来る。そして、タイミングに関しては、クレジット・スプレッド ‐ 利回り曲線のサイクルが有益な指標となる。ハイ・イールド債のリスクを株価指数先物でヘッジするなら、利回り曲線が現状よりも一段と平坦化するのを待つのが賢明と考えられる。現状の利回り曲線はスティープ(長期平均に近い水準)であり、ハイ・イールド債のリスクを株価指数先物でヘッジするのは時期尚早である。
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Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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